JR西労組は、2026年5月10日から13日にかけて、羽野執行委員長を団長とする総勢11名の訪問団を派遣し、ベトナム社会主義共和国の首都ハノイを訪問しました。本活動を通じて得られた知見や成果の共有化を図るため、このたび参加された福知山地方本部の尾阜司さんによるレポートを掲載します。 |
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関西空港から空路で5時間。雲の上で陽光を浴びながら飛んでいたジェット機はある瞬間に意を決したかのように大きく旋回しながら雲の中へ下っていき、広大な緑色の畑、様々な色の屋根、そして滑走路が見えたかと思うとみるみる近づいてきて軽い衝撃とともに着陸した。瞬間、機内にようやく着いたという安堵の空気が漂う。私が生まれて初めて目にする国、ベトナム社会主義共和国。玄関口であるノイ・バイ国際空港に降り立ち、入国審査を受ける前に入ったトイレは便器がTOTO製の日本語の注意書きもそのままで、私は本当に外国にやってきたのだろうかと一瞬キツネにつままれたような気持ちになった。空港の通路には仏像や蓮の浮かぶ池や農村風景が描かれていて、文化的に近しい国なのかな、と親近感を覚える。
私たちJR西労組の第27回国際連帯活動、羽野中央本部執行委員長を団長とする総勢11名は2026年5月10日から12日まで(帰国は13日)、ベトナム社会主義共和国に滞在した。ここでの主目的は、同じ鉄道で働くベトナム鉄道労働組合との交流を図り、お互いの国の鉄道の実情を知り、また自分の目で状況視察を行ってベトナムの、ひいてはベトナムから見た私たち日本の現況を確かめることにあった。
私たちを迎えてくれたのは、初対面の私たちにも優しく親しみのある雰囲気で接してくれるガイドのチンさん。チャーターされたバスでホテルへ向かう一時間の間に、私たちはすっかり以前からの顔なじみのように打ち解けあった。
首都ハノイの街は政府機関や各国の大使館(社会主義国らしく北朝鮮の大使館も所在する)、人々の住まう家やアパート、商業ビルや寺院などが密度高く寄り集まり、その隙間を埋めるかのように枝の上からも根っこを垂らした巨大なガジュマルの樹があちらこちらに並木状に立っていて、人のにぎやかさに加えて緑も多く活気があふれる街並みであるとの第一印象だった。その中を何車線もあるような道路が縦横無尽に走り、車やバスに加えて無数の小型バイクが大河を流れる水のように行き交い、そのバイクも人一人を載せているもののほかに大きな包みの荷物、プロパンガスボンベのような異形の積み荷、鶏を満載した籠を限界まで何層も積んでいるようなもの、他にも二人乗りや大人二人子ども二人の合計4人が家族で乗っているものも普通に走り回っていて、私たちは信じられないものを見たかのように目を丸くして眺めた。とにかくベトナムの道行く人は何事もパワフルで、人々の行動力や積極性が日本とはけた違いに感じられた。一方で店舗や家の軒先の歩道上にいすを置いての夕涼みの風景も散見されて、時間の流れ方が日本に比べてのびやかであるとも感じられた。
一方で社会インフラの整備は途上にあり、鉄道などの軌道系交通機関や路線バスなどの整備はされつつあるが、道路交通が大勢を占めているために朝夕の渋滞や大気汚染が社会問題となっている。ハノイには中国主導で高架のMRT(都市型鉄道)が建設されているが、まだ1路線のみの開業で利用も少ないのが実態とのことである。
ベトナムの国営鉄道は長距離列車が主体で、首都ハノイを中心に東のラオカイ、クァントリウ、西は中国国境の町ダンドンの他、ハロン、ハイホン、そして南の大都市ホーチミンへ向かう南北縦貫線など、総延長は約2600kmに及ぶ。しかしながら日本の鉄道のように短距離輸送は担っておらず、殆どが都市間輸送の長距離列車で、座席車の他に何日もかけて走行するための寝台車も多く使用されている。線路幅は日本のJRより僅かに狭い1000mmであるが、一部には中国からの国際列車が運転できるように1435mmの軌道も併せて引かれている箇所があり、実際に私たちも中国から乗り入れてくる国際列車を目撃した。ガイドのチンさんも一度ツアーで北京までの国際列車に乗ったことがあるそうだ。
私たちはそんなベトナム鉄道公社の列車に乗車する機会を得た。朝6時にハノイを出発して約66km先のハイズオン駅まで1時間25分で走破する。ハノイ駅では旅客ホームを荷役のバイクが走り(写真@)、タンクを積んだ車が鉄道車両に給油(写真A)しているのを見て目を見張った。何もかもが日本の常識では収まらない。ハノイ市街地では線路敷に面した市場や軒先まで数センチに迫った商店街を通るので事故防止のためであろう、時速10km程度の超低速でのろのろと進み、本当に目的地に到達するのかと心配になる。しかし市街地の端を流れる大河ホン川を築120年のロンビエン橋で渡り終わる頃には速度を上げて、通常の鉄道らしい速度になって工場やバナナ畑を横目に快調に進んだ。到着したハイズオン駅は駅のホームに面してバイクがぎっしり詰まった駐輪場があり思わず目を見張ったが、中規模都市の開けた広場に面していて通行する人や車両も少なく、どことなくのんびりした情景を醸し出している。
その後はバスで海に面した観光都市ハロンに向かう。道路はどこも市章をかたどった看板や共産国家を思わせる赤地に黄色の星、または鎌とハンマーを組み合わせたおなじみの紋章が描かれた旗が市街地を飾っていて、統一された美しさを演出しているのが印象的だ。
チンさんによると、ハロンは近年ベトナムの大手複合企業であるビングループによって大々的なリゾート開発が行われているとのことで、街には見上げるような高さのリゾートマンション群がところ狭しと立ち並び、さらには外国人向けのカジノまで建設されている。さらにこの先数年のうちにハノイとハロンを結ぶビングループ経営の新幹線タイプの高速鉄道が開業される予定だという。日本では見聞きすることもないような途方もない話にベトナムの破竹の勢いが感じられて、私たちはただ驚くばかりであった。
また高成長に裏付けされた好景気に後押しされてベトナム国内では若年層の結婚や出産がとても多く、その話を聞いたあとで実際に街を歩くと、若年層のカップルや子供連れの若い夫婦の割合が日本に比べてとても多いのが感じられた。
ハロン湾を船で観光した後はバスでハノイまで戻る。途中で日本の昭和時代を思わせるドライブインスタイルの土産物屋に立ち寄ったので、和やかな空気にも感化された私は日本へのお土産物の多くをここで買い求めた。
その夜はベトナム鉄道労組の執行委員長や役員の皆さんの熱烈な歓待を受けた。伝統的で落ち着いたベトナム料理店で親睦を深め、お互いの国や働く環境について楽しく語り合った。同じ職種の仲間同士という意識がそうさせるのか、初めて出会うのにまるで数年ぶりに再会した友人のような気やすさで、通訳も務めてくれるチンさんも、私たちの会話を支えてくれるスマホの翻訳アプリも大忙しである。(写真B)楽しい時間は瞬く間に過ぎて、最後は集合写真で最高の笑顔を記録して惜しくもお開きとなった。
最終日12日はハノイ駅を表敬訪問した。ここではハノイ駅長以下職員の方の他、夕べ楽しく飲み交わした鉄道労組の方々や旅行代理店の社長も見えて、ハノイ駅について様々なデータを教えていただいた。職員の皆さんは誰もが職責を誇り高く勤勉に業務にあたっておられ、1901年建造の歴史ある駅舎を守っている自負からか案内もどこか誇らしげなのが印象的であった。
夕方はベトナム戦争を戦った建国の父と仰がれる指導者ホーチミン氏を祀る廟と広場を見学した。(写真C)
ホーチミン廟は守衛の間身じろぎ一つしない二人の衛兵が固く護っているのが印象的である。
1時間ごとに行われるという衛兵交代の行進は厳かで格調高く、固唾をのんで見守った。
ホーチミン氏が執政の際に居住した家や使用した車なども見学し、敬意をもって美しく整備され続けている様子に彼がどれほど国民に慕われているかを間近で見て感じ取ることができた。
夜になってついに帰りの飛行機に搭乗する時が来た。ハノイのホテルから各地を巡って私たちを安全な運転で空港まで送ってくれたバスの運転手さんや、空港のチェックイン後も私たちが保安検査場の扉の向こうに消えるまで笑顔で手を振って見送ってくれたガイドのチンさんとは3日間という短い時間であったけども行動を共にして、日に影に私たちの連帯活動を支えてくださった。別れがつらい。本当に感謝でしかない。できることならばまたベトナムに行って観光を共にできればと願うほどだ。
飛行機は日の変わる瞬間のノイ・バイ国際空港を時間通りに飛び立った。闇の中で力強くも懐かしい哀愁のハノイの町をあとに、無情にも飛行機は離陸していった。
私は飛行機で機内食の提供の瞬間も知らずによく眠り、5月13日の朝6時30分に関西空港第1ターミナルに予定通り到着した。空港で入国手続きを終えて視察団が解団され、旅を共にした10人の仲間と別れた瞬間、私は夢から覚めたような心持ちになった。同じ福知山地本から参加した篠山口支部支部長の合田氏とともに特急はるかに乗って大阪へ向かう道中は見慣れた日本の泉州地方の景色であったが、まだ長い夢から覚めたあとのようなふわふわした心持ちが続いていた。
日本は豊かで平和だという。今回訪れたベトナムは確かにインフラも未成熟で、日本の技術を高品質だとして高く評価してくれており、あらゆる日本製の品物やサービスがもてはやされている。日常遣いのバイクだってホンダやヤマハといった日本ブランドのものが圧倒的シェアを誇っている。
しかしこの目で見たベトナムは、決して力のない発展途上国などではなかった。人々は勤勉で真面目で誠意をもって働き、楽しく過ごし、現在も力強い発展の過程にある。私たち日本人が忘れて久しい経済成長の力強いうねりとパワーを体現し、恩恵を受けているように見える。
ベトナムなどの成長過程にある国々に実際に住んでみたらまだまだ不便なところや物足りない点もあるかも知れないが、それを補ってなお成長しようという意欲について、私たちは大いに見習う点があるように思う。また私たちは成長した過去に会得した経験や、失敗から学んだ安全も守るための知識や取り組みを、世界が平和で共に成長することができるように引き続き共有に努めなければならないと思う。
私たちは自らの仕事を通じて、人と人とが出会う架け橋であり続けたい。日本もベトナムも他の国々も味方につけて、ともに幸せを享受し続けることができたなら。そういうことに想いを寄せることのできる、素晴らしい国際連帯活動であった。 |
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JR西労組は、労働組合として他国の労働組合役員や働く仲間との交流を通じて国際労働運動を学ぶことにより、他国の社会情勢や歴史、文化が学べ、国際的な視野が広がることを目的に国際連帯活動を行っている。 2013年10月に「友好連帯合意書」を交わしたベトナム鉄道労組との交流を中心に、上村執行委員長を団長とする一行12名が、2024年6月19日(水)〜22日(土)に第25回国際連帯活動としてベトナム社会主義共和国の首都ハノイを訪問した。 参加者の福岡地方本部の興梠智美執行委員の報告書を抜粋して掲載します。 |
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■第20回 国際連帯活動 臺灣鐵路工會(台湾鉄道労働組合)友好連帯の旅 |
5月21日〜24日にかけて第20回国際連帯活動として前田委員長を団長に、総勢23名が台湾を訪問した。
1日目は、台北到着後、参加者同士の団結と親睦を兼ね台北市内にて交流会を開催。参加者各位がそれぞれ自己紹介や今活動に対する想いを語った。
翌2日目は、台北駅から?光号(急行列車)で約40分、基隆市にある七堵駅へ向った。到着ホームでは、台湾鉄路工会(台湾鉄道の労働組合)七堵分会(西労組では支部相当)の組合員によるプラカードによる盛大な歓迎を受け、その後劉駅長の案内で、近隣の駅と車両所構内の一括制御を行っている信号所や、検修庫やさらには、乗務員教育用のシミュレーター等の見学を行った。また車両所の副所長より「花車」についての紹介をうけた。花車とは日本の御料車にあたるもので、日本統治時代、昭和天皇が皇太子時代にお乗りになられた「皇室花車」と、台湾総督が乗られた「総督花車」の2両が現存(この他にも台湾総統の総統花車もある)するそうで、国宝級の扱いで残念ながら実物は見学できなかったが、スライドにより、貴重な写真を交え丁寧に説明いただいた。その後台北に戻り、以前より交流のある謝理事長(中央執行委員長)以下台湾鉄路工会役員の方々と懇親の夕食会を行った。言葉の壁はあるものの、それを感じさせないほど、どのテーブルも大いに盛り上がり交流を深めた。
実質的な最終日程の3日目は、台湾高速鉄道(台湾新幹線)で約1時間30分、南部の嘉儀駅で下車し、さらにバスで40分台南市にある烏山頭ダムを訪れた。このダムは、石川県出身の土木技師八田與一という日本人が日本統治時代の昭和5年(1930年)に地元の人々と協力し完成させたもので、それまで干ばつや洪水で「農作物は育たない」といわれた嘉南平野を台湾最大の穀倉地帯に一変させたもので、その功績は現在でも語り継がれており、ダムの近くは当時の官舎などを再現した記念公園となっており、参加者はそれぞれ、日本人として偉大な先人について感慨深く見学をした。台北へ戻り、最後の見学個所として、中華民国建国の父、孫文を記念している国父記念館で、衛兵の交代式をピーンと張りつめた雰囲気の中で見守った。
4日間という短い行程であったが、台湾の人々との交流や鉄道の現状視察など、多くの成果を胸に参加者一同帰路につき、若干到着が遅れたものの、無事活動を終える事ができた。送り出していただいた関係地本に感謝すると共に、今回の国際連帯の成果をいかんなく発揮し、参加者各位のさらなるJR西労組運動の牽引を強く期待する。
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昨年10月に「友好連帯合意書」に署名を行い友好関係のベトナム鉄道労組のマイ・タイン・フゥン議長(委員長)、ファム・シャン・チゥ政策・法務部長、グェン・バオ・ディエム財務部長、ドァン・デゥイ・ホック総務部専門員の4名が6月19日〜24日にかけて5泊6日の日程で来日した。フゥン議長は1997年に半年間技術交流研修生として、吹田市の社員研修センターや米子市にある後藤総合車両所で学んだ経験もあり、JR西日本とは結びつきが強い。一行は滞在中、新幹線や伯備線やくも号などに乗車し日本の鉄道事情を視察するとともに、中央本部をはじめ、福岡地本、米子地本の仲間と意見交換などを行うなど交流を深めた。フゥン議長は「昨年の署名は、40周年の記念事業の中でも意義あるものであり、またその一環で訪日できたことは非常にうれしく思う。JR西日本とは過去、若い技術者の受け入れをいただき、ベトナム鉄道の発展に寄与した事を私たちは忘れておらず、この労組の交流をきっかけに再開を熱く希望するものである」と語った。前田委員長も「皆様の訪日を心より歓迎申し上げる。私たちも技術交流再開については、支援していきたいと考えており、併せて今後とも両労組の交流を通して両国鉄道の発展を祈念する」と応えた。 |
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■第19回 国際連帯活動 台湾鉄路工会(台湾国鉄労組)と交流 |
5月23日にJR西労組第19回国際連帯活動の一環として、中央本部荻山書記長を団長に、総勢25名で、台湾台北市の台湾鉄路工会本部を訪問し、謝理事長(委員長)をはじめ、役員やスタッフの方々の熱烈歓迎をうけた。
謝理事長は、「貴労組とは友好協定を結んでいるJR連合を通じ、これまでも交流を重ねてきた実績があり、そのうえで今回の訪台を心より歓迎申し上げる共に、今後ともさらに交流が深まることを希望する」と述べ、荻山書記長も「熱烈なる歓迎に感謝申し上げるとともに、この交流を通じ両国鉄道がますます発展する事を祈念する」と応えた。その後の意見交換では、双方より「観光列車について」「女性社員の人数」「職種」「車両の検査周期や車両基地の数」など質疑応答を行った。 |
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■国際連帯活動 日越(ベトナム)外交関係樹立40 周年記念
ベトナム鉄道労働組合と友好連帯の合意書を取り交わす |
JR西労組の国際連帯活動は、他国の労働組合役員や働く仲間との交流、グローバル社会に対応することも含めた見聞を広めることなどを目的として取り組んでいる。今回は、JR西労組の国際連帯活動17回のうち7回も訪問し、友好親善を重ねてきた歴史的な重みと、ベトナム鉄道労働組合と友好連帯の交流を深めてきたことから「日越友好年」に合わせ、ベトナム社会主義共和国を訪問国として派遣団を拡大、60名を超える大派遣団で10月9日から12日にかけて第18回国際連帯活動を実施しました。 |
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2011年10月に当時のベトナム首相が日本を訪問した際に、民主党政権の野田前総理との両首脳間で署名された「アジアにおける平和と繁栄のための戦略的なパートナーシップの下での行動に関する日越共同声明」において友好40周年を記念して2013年を「日越友好年」に定めた。
今回の訪問では、更なる緊密な関係と友好関係促進のために、JR西労組の前田中央執行委員長とベトナム鉄道労働組合のマイ・タン・フォン議長との間で友好連帯の署名を行い、両国の鉄道の発展、互いの国の尊重、組合員とその家族の幸福の実現、相互の連絡、交流の実施、を目的とした友好連帯を維持発展させる合意書を取り交わした。
JR西労組の国際連帯活動によって、JR西日本会社とベトナム鉄道会社との間においてもベトナムからの研修生受入れなどの技術交流を復活する機運も高まっている。実現の暁には、JR西労組は働く者の立場として全面的に協力していきたいと考えている。両労組はもとより、両社、さらには両国の発展および互いの友好親善がはかられることを祈念する。 |
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