■第27回国際連帯活動

 JR西労組は、2026年5月10日から13日にかけて、羽野執行委員長を団長とする総勢11名の訪問団を派遣し、ベトナム社会主義共和国の首都ハノイを訪問しました。本活動を通じて得られた知見や成果の共有化を図るため、このたび参加された福知山地方本部の尾阜司さんによるレポートを掲載します。

 
国際連帯活動・ベトナム訪問記

 関西空港から空路で5時間。雲の上で陽光を浴びながら飛んでいたジェット機はある瞬間に意を決したかのように大きく旋回しながら雲の中へ下っていき、広大な緑色の畑、様々な色の屋根、そして滑走路が見えたかと思うとみるみる近づいてきて軽い衝撃とともに着陸した。瞬間、機内にようやく着いたという安堵の空気が漂う。私が生まれて初めて目にする国、ベトナム社会主義共和国。玄関口であるノイ・バイ国際空港に降り立ち、入国審査を受ける前に入ったトイレは便器がTOTO製の日本語の注意書きもそのままで、私は本当に外国にやってきたのだろうかと一瞬キツネにつままれたような気持ちになった。空港の通路には仏像や蓮の浮かぶ池や農村風景が描かれていて、文化的に近しい国なのかな、と親近感を覚える。

 私たちJR西労組の第27回国際連帯活動、羽野中央本部執行委員長を団長とする総勢11名は2026年5月10日から12日まで(帰国は13日)、ベトナム社会主義共和国に滞在した。ここでの主目的は、同じ鉄道で働くベトナム鉄道労働組合との交流を図り、お互いの国の鉄道の実情を知り、また自分の目で状況視察を行ってベトナムの、ひいてはベトナムから見た私たち日本の現況を確かめることにあった。
私たちを迎えてくれたのは、初対面の私たちにも優しく親しみのある雰囲気で接してくれるガイドのチンさん。チャーターされたバスでホテルへ向かう一時間の間に、私たちはすっかり以前からの顔なじみのように打ち解けあった。

 首都ハノイの街は政府機関や各国の大使館(社会主義国らしく北朝鮮の大使館も所在する)、人々の住まう家やアパート、商業ビルや寺院などが密度高く寄り集まり、その隙間を埋めるかのように枝の上からも根っこを垂らした巨大なガジュマルの樹があちらこちらに並木状に立っていて、人のにぎやかさに加えて緑も多く活気があふれる街並みであるとの第一印象だった。その中を何車線もあるような道路が縦横無尽に走り、車やバスに加えて無数の小型バイクが大河を流れる水のように行き交い、そのバイクも人一人を載せているもののほかに大きな包みの荷物、プロパンガスボンベのような異形の積み荷、鶏を満載した籠を限界まで何層も積んでいるようなもの、他にも二人乗りや大人二人子ども二人の合計4人が家族で乗っているものも普通に走り回っていて、私たちは信じられないものを見たかのように目を丸くして眺めた。とにかくベトナムの道行く人は何事もパワフルで、人々の行動力や積極性が日本とはけた違いに感じられた。一方で店舗や家の軒先の歩道上にいすを置いての夕涼みの風景も散見されて、時間の流れ方が日本に比べてのびやかであるとも感じられた。

 一方で社会インフラの整備は途上にあり、鉄道などの軌道系交通機関や路線バスなどの整備はされつつあるが、道路交通が大勢を占めているために朝夕の渋滞や大気汚染が社会問題となっている。ハノイには中国主導で高架のMRT(都市型鉄道)が建設されているが、まだ1路線のみの開業で利用も少ないのが実態とのことである。

 ベトナムの国営鉄道は長距離列車が主体で、首都ハノイを中心に東のラオカイ、クァントリウ、西は中国国境の町ダンドンの他、ハロン、ハイホン、そして南の大都市ホーチミンへ向かう南北縦貫線など、総延長は約2600kmに及ぶ。しかしながら日本の鉄道のように短距離輸送は担っておらず、殆どが都市間輸送の長距離列車で、座席車の他に何日もかけて走行するための寝台車も多く使用されている。線路幅は日本のJRより僅かに狭い1000mmであるが、一部には中国からの国際列車が運転できるように1435mmの軌道も併せて引かれている箇所があり、実際に私たちも中国から乗り入れてくる国際列車を目撃した。ガイドのチンさんも一度ツアーで北京までの国際列車に乗ったことがあるそうだ。

  私たちはそんなベトナム鉄道公社の列車に乗車する機会を得た。朝6時にハノイを出発して約66km先のハイズオン駅まで1時間25分で走破する。ハノイ駅では旅客ホームを荷役のバイクが走り(写真@)、タンクを積んだ車が鉄道車両に給油(写真A)しているのを見て目を見張った。何もかもが日本の常識では収まらない。ハノイ市街地では線路敷に面した市場や軒先まで数センチに迫った商店街を通るので事故防止のためであろう、時速10km程度の超低速でのろのろと進み、本当に目的地に到達するのかと心配になる。しかし市街地の端を流れる大河ホン川を築120年のロンビエン橋で渡り終わる頃には速度を上げて、通常の鉄道らしい速度になって工場やバナナ畑を横目に快調に進んだ。到着したハイズオン駅は駅のホームに面してバイクがぎっしり詰まった駐輪場があり思わず目を見張ったが、中規模都市の開けた広場に面していて通行する人や車両も少なく、どことなくのんびりした情景を醸し出している。

 その後はバスで海に面した観光都市ハロンに向かう。道路はどこも市章をかたどった看板や共産国家を思わせる赤地に黄色の星、または鎌とハンマーを組み合わせたおなじみの紋章が描かれた旗が市街地を飾っていて、統一された美しさを演出しているのが印象的だ。

  チンさんによると、ハロンは近年ベトナムの大手複合企業であるビングループによって大々的なリゾート開発が行われているとのことで、街には見上げるような高さのリゾートマンション群がところ狭しと立ち並び、さらには外国人向けのカジノまで建設されている。さらにこの先数年のうちにハノイとハロンを結ぶビングループ経営の新幹線タイプの高速鉄道が開業される予定だという。日本では見聞きすることもないような途方もない話にベトナムの破竹の勢いが感じられて、私たちはただ驚くばかりであった。
また高成長に裏付けされた好景気に後押しされてベトナム国内では若年層の結婚や出産がとても多く、その話を聞いたあとで実際に街を歩くと、若年層のカップルや子供連れの若い夫婦の割合が日本に比べてとても多いのが感じられた。

  ハロン湾を船で観光した後はバスでハノイまで戻る。途中で日本の昭和時代を思わせるドライブインスタイルの土産物屋に立ち寄ったので、和やかな空気にも感化された私は日本へのお土産物の多くをここで買い求めた。

  その夜はベトナム鉄道労組の執行委員長や役員の皆さんの熱烈な歓待を受けた。伝統的で落ち着いたベトナム料理店で親睦を深め、お互いの国や働く環境について楽しく語り合った。同じ職種の仲間同士という意識がそうさせるのか、初めて出会うのにまるで数年ぶりに再会した友人のような気やすさで、通訳も務めてくれるチンさんも、私たちの会話を支えてくれるスマホの翻訳アプリも大忙しである。(写真B)楽しい時間は瞬く間に過ぎて、最後は集合写真で最高の笑顔を記録して惜しくもお開きとなった。
最終日12日はハノイ駅を表敬訪問した。ここではハノイ駅長以下職員の方の他、夕べ楽しく飲み交わした鉄道労組の方々や旅行代理店の社長も見えて、ハノイ駅について様々なデータを教えていただいた。職員の皆さんは誰もが職責を誇り高く勤勉に業務にあたっておられ、1901年建造の歴史ある駅舎を守っている自負からか案内もどこか誇らしげなのが印象的であった。
夕方はベトナム戦争を戦った建国の父と仰がれる指導者ホーチミン氏を祀る廟と広場を見学した。(写真C)

  ホーチミン廟は守衛の間身じろぎ一つしない二人の衛兵が固く護っているのが印象的である。

  1時間ごとに行われるという衛兵交代の行進は厳かで格調高く、固唾をのんで見守った。

  ホーチミン氏が執政の際に居住した家や使用した車なども見学し、敬意をもって美しく整備され続けている様子に彼がどれほど国民に慕われているかを間近で見て感じ取ることができた。

  夜になってついに帰りの飛行機に搭乗する時が来た。ハノイのホテルから各地を巡って私たちを安全な運転で空港まで送ってくれたバスの運転手さんや、空港のチェックイン後も私たちが保安検査場の扉の向こうに消えるまで笑顔で手を振って見送ってくれたガイドのチンさんとは3日間という短い時間であったけども行動を共にして、日に影に私たちの連帯活動を支えてくださった。別れがつらい。本当に感謝でしかない。できることならばまたベトナムに行って観光を共にできればと願うほどだ。

  飛行機は日の変わる瞬間のノイ・バイ国際空港を時間通りに飛び立った。闇の中で力強くも懐かしい哀愁のハノイの町をあとに、無情にも飛行機は離陸していった。

  私は飛行機で機内食の提供の瞬間も知らずによく眠り、5月13日の朝6時30分に関西空港第1ターミナルに予定通り到着した。空港で入国手続きを終えて視察団が解団され、旅を共にした10人の仲間と別れた瞬間、私は夢から覚めたような心持ちになった。同じ福知山地本から参加した篠山口支部支部長の合田氏とともに特急はるかに乗って大阪へ向かう道中は見慣れた日本の泉州地方の景色であったが、まだ長い夢から覚めたあとのようなふわふわした心持ちが続いていた。

  日本は豊かで平和だという。今回訪れたベトナムは確かにインフラも未成熟で、日本の技術を高品質だとして高く評価してくれており、あらゆる日本製の品物やサービスがもてはやされている。日常遣いのバイクだってホンダやヤマハといった日本ブランドのものが圧倒的シェアを誇っている。

  しかしこの目で見たベトナムは、決して力のない発展途上国などではなかった。人々は勤勉で真面目で誠意をもって働き、楽しく過ごし、現在も力強い発展の過程にある。私たち日本人が忘れて久しい経済成長の力強いうねりとパワーを体現し、恩恵を受けているように見える。

  ベトナムなどの成長過程にある国々に実際に住んでみたらまだまだ不便なところや物足りない点もあるかも知れないが、それを補ってなお成長しようという意欲について、私たちは大いに見習う点があるように思う。また私たちは成長した過去に会得した経験や、失敗から学んだ安全も守るための知識や取り組みを、世界が平和で共に成長することができるように引き続き共有に努めなければならないと思う。

  私たちは自らの仕事を通じて、人と人とが出会う架け橋であり続けたい。日本もベトナムも他の国々も味方につけて、ともに幸せを享受し続けることができたなら。そういうことに想いを寄せることのできる、素晴らしい国際連帯活動であった。


写真@


写真A


写真B


写真C


写真D


■第25回国際連帯活動(ベトナム)レポート

 JR西労組は、労働組合として他国の労働組合役員や働く仲間との交流を通じて国際労働運動を学ぶことにより、他国の社会情勢や歴史、文化が学べ、国際的な視野が広がることを目的に国際連帯活動を行っている。  2013年10月に「友好連帯合意書」を交わしたベトナム鉄道労組との交流を中心に、上村執行委員長を団長とする一行12名が、2024年6月19日(水)〜22日(土)に第25回国際連帯活動としてベトナム社会主義共和国の首都ハノイを訪問した。  参加者の福岡地方本部の興梠智美執行委員の報告書を抜粋して掲載します。

 
初海外で行く国際連帯活動(ベトナム)

  シン・チャオ!
 ベトナム国鉄の乗車体験や労働組合との交流会を行いベトナム情勢や文化を学んできました。
 ベトナム社会主義共和国は、東南アジアインドシナ半島東部に位置する共和制国家で、中国、ラオス、カンボジアと国境を接しています。食事ではチャーハンや空芯菜炒めなど中華圏に近い料理がある一方、フランス植民地時代の影響でバインミーというやわらかいフランスパンのサンドイッチなども食されています。また、ホン河、メコン河によって形成されたデルタ地帯ではお米の生産が盛んで、フォーやブンといった米麺も有名です。通貨はベトナムドンで、日本円に換算すると1000ドン=62円くらいになります。経済的には外資系企業の参入が増え、急成長の一歩手前といった状況です。
 私たちが訪れたハノイ市内も、高層ビルや外資系大型ショッピングモールが建設されていました。その一方で、フランス統治下時代から残る建物もたくさん残っており、西洋とアジアの文化が融合した多国籍な街並みがとても魅力的でした。チューブハウスという間口が狭い3〜4階建ての店舗兼住宅が、日本の町屋のように隙間無く並んでいるのですが、カラフルな外壁に細工の細かい雨戸や手すりが取り付けられ、そこにベトナム国旗や提灯、電飾が取り付けられ何とも言えない雑多な雰囲気となっています。
 街中は街路樹がたくさん植えられており、暑いので店先の日陰に椅子を並べて食事したり、涼んだりするのがベトナム流のようです。
 ハノイ駅周辺のトレインストリートと呼ばれるエリアにも足を運びました。線路の両側にチューブハウスが立ち並び、列車を待ちながらベトナムコーヒーなどが楽しめます。客引きの女性においでおいでと呼ばれ、ドキドキしながらついていくと線路横の椅子に案内されました。コーヒーは1杯40,000ドン(約250円)で、濃い目です。
 列車が通過するのは朝夕の数本だけということで、残念ながら私が訪れた時間帯の列車はありませんでしたが、隣のテーブルでは、見知らぬ海外旅行者同士が仲良くなって談笑していました。私は堂々と建築限界支障しているのが妙に落ち着かず、コーヒーを飲みほして早々に線路外に退避しました。
 ベトナム国鉄乗車は、ハノイ駅からハイフォン駅まで、約120キロの道程を2時間半かけて移動しました。
 早朝6時発の列車に乗るためハノイ駅に向かいます。ハノイ駅はフランス統治下の1902年にルネサンス様式で建設されましたが、ベトナム戦争でアメリカ軍による爆撃を受け、駅中央部分が破壊されました。その後、ソビエト連邦の建築家により中央部分が再建されたため、西洋建築とソビエト建築が融合した不思議な駅となっています。
 駅の構造は、3階建て地平駅舎。一階と二階に改札があり、各ホームは跨線橋で移動できるようになっています。階段の勾配はかなり急で、日本では住宅基準くらいの勾配だと思います。ベトナムでもキャリーバッグが増えているのか、階段の半分は板が設置され、スロープ状に改良されていました。
 駅舎内は、待合室、応接室、特別列車用の待合室、出札、コールセンター、信号扱所が設けられています。特別列車用の待合室には、ホーチミンの写真だけでなく、北朝鮮の金正男国家主席訪問の写真が飾られており、社会主義の一端を覗き見た気がしました。
 今回、乗車した列車は赤いディーゼル機関車に青い客車でした。1号車指定席は、日本のグリーン車相当のようで、リクライニングシートになっていましたが年季も相当入っています。指定された席に着くと、1分早発(!)で列車が発車しました。
 車内では、女性乗務員が朝ご飯用のお弁当、コーヒー、お菓子などを代わる代わるワゴンで販売しに来ます。ほかにも車内で発生したごみの収集や掃除などのサービスを実施していました。早朝から女性が働いており、ベトナムも女性がいろいろなところで活躍しているのかなと思ったのですが、この後の交流会で話を聞くと、ベトナムでは女性運転士は居ないそうです。交通事情的に、鉄道人身事故が多く、過失責任や現地対応は女性では難しいと判断されているそうです。女性が多く働いていても、職種問わず同じように働ける、というのはまだまだ難しいようです。
 乗車から2時間半。車窓からたくさんの蓮の花や稲刈りが終わった田んぼを眺め、再び建物が増えてきたころ、ハイフォン駅に到着しました。ハイフォン駅はホームがなく、ステップを使って列車から降車します。
 ハノイ駅でも感じましたが、バリアフリー整備はまだまだこれからという状況です。一方、ICカードも使える新しい鉄道路線も誕生しており、これから急速に施設整備が進むのかもしれません。日本から技術協力できることがあればぜひ協力したいと思いました。
 今回のベトナム訪問は、私にとって初めての海外旅行だったのですが、ベトナムの方々と交流ができ、とても有意義な経験となりました。ハノイ駅やハイフォン駅など、海外の駅舎が見学できたことも面白かったです。
 ベトナムは古いものと新しいものが混在し、これから近代化が加速すると思います。技術支援等で人財の交流も進むと思います。その時、JR西労組として継続的に支援できるよう、今回の経験を活かすことができればよいと考えています。


ハノイ駅での集合写真

ベトナム鉄道労組フォン委員長

ハノイ駅長とも意見交換を実施
(写真中央がハノイ駅長)


第23回国際連帯活動レポート(台湾)・上

 JR西労組は、他国の労働組合役員や働く仲間との交流、グローバル社会に対応することも含めた見聞を広めることを目的に国際連帯活動を行っており、今回も2018年5月24日〜27日に台湾を訪問した。荻山委員長を団長とする一行20名は、JR連合と交流協定を結んでいる台湾鉄路工会(台湾鉄道労働組合)を訪問し、交流を深めた。
事務局として参加した、中央本部の森聖也執行委員(京都地本)の報告書を抜粋し、二回に分けて掲載し、報告に代える。

 当日、関西空港から約3時間かけて台北桃園空港に到着しました。現地に着いて最初に感じたことは、亜熱帯気候による暑さです。このころ日本では20度台の気温でしたが台湾滞在中は最高気温が37度と高く、夏を先取りした気分でした。
 台北市は台湾の人口の約30%が集中する大都市であり交通量も多く、鉄道、バス、タクシー、レンタサイクル等日本となんら遜色のないように感じました。しかし道路交通事情はやはり違っており原動機付自転車いわゆる原付がかなり多く、ラッシュ時には物凄い数の原付が走っているところを見られたり、複数人で原付に乗っていたりと現地の事情にあった乗り物であるという印象を受けました。
 また、台湾は親日国ということもあり、街中には日本でもよく見る飲食チェーン店やデパート、コンビニなど数多くありました。ホテルに到着した後は、レストランで結団式が行われました。

 2日目、午前は台北駅にて台湾鉄路工会役員との意見交換、指令所の見学をさせていただきました。
 貴賓室に通され中で台北駅長から台北駅についての講義を受けました。台北駅の歴史や設備やどのような担務があるかなど説明を受けました。
台湾国鉄が民営化を目指していること、また、女性社員割合がJR西日本では1割程なのに対しおおよそ3割の女性が活躍していることを知ることができました。
その後は普段見ることのできない指令所を見学させていただきました。鉄道路線を四つに分け、それぞれ担当の卓がありました。指令所の規模は大阪総合指令所と比べるとかなり小規模な印象でした。
 指令業務はJR西日本では人気職とは言い難いですが、台湾国鉄では人気で憧れの職場の様でした。その理由としては残業代と接客が無いことにある様でした。働いている指令員の方々の服装がジーパンやポロシャツなどJRの指令所とは違いラフな格好をしていたのが印象的でした。
 指令所のシステムは日本信号の物を使用しており、台湾国鉄の鉄道運行を日本の技術が支えているということを感じることができました。

 午後からは台湾新幹線で台中に移動し彰化扇形庫見学にいきました。
 台湾新幹線は日本の700系がモデルになっており見た目もそっくりでした。しかし側面の乗務員室のドアがないなどの違いが見られました。
 彰化扇形庫は台湾で唯一保存された扇形庫であり、蒸気機関車が保存されていたり、アメリカや日本の工事車両がありました。今でも現役で使用されており、見学中にターンテーブルの稼働、車両の入換えを見れたのは幸運でした。
 見学後は台北市内に戻り、ホテルでの台湾鉄路工会との意見交換会を行いました。意見交換会は大いに盛り上がり、記念品の交換など交流を図れました。



第23回国際連帯活動レポート(台湾)・下

 3日目は午前に十分にて天燈揚げ体験を行いました。
天燈揚げとは旧正月に大きな提灯に願い事を書き空に上げるという台湾の風習でここ十分では観光客がいつでも体験できるようになっています。参加者それぞれの願いを書き、空に上げることができました。
 ここ十分は商店街の中を列車が走るという珍しい場所で、列車が接近するとランプが点灯し、それまで線路内に入ってた人や犬も一斉に線路外に退避します。日本の触車防止の観点からすると驚きの光景でした。
 その後は平渓線の体験乗車を行いました。平渓線はタブレット式の閉塞方式をとっている単線で、腕木式信号機などJRではもう使っていないものが見れました。駅とシステムは古いのにLED表示の発車標を使用するなど新旧織り合わさった路線でした。
 瑞芳駅に到着後はバスで九份に向かいました。九份は台湾有数の観光名所で、山の斜面に広がる街並み、狭い路地に並び立つレトロな建物人気で世界中から観光客が訪れています。ここで昼食もとり九份を満喫することができました。

 午後からは台北に戻り国立故宮博物院に行きました。
中には故宮博物院のシンボルとなっている「翠玉白菜」や「肉形石」を始め数多くの美術品を見ることができました。博物院を後にし、市内のレストランで解団式を行いました。解団式では一人一人今回の研修で感じたことを述べ、みんなの想いを共有することができました。

 今回の研修では台湾と日本の違いや共通点を知ることができました。
台湾は日本が統治していた時代がある影響で日本語がわかる方が多かったり、日本の企業、台湾のお店でも日本式のお店を出店していたり、また、今回の主目的である台湾国鉄でも日本が統治時代に整備した関係もあり日本のシステムや車両も多く使われており外国にいながら日本を感じる部分が多々ありました。台湾の人々に日本の文化が受け入れられている様子を目の当たりにして日本人として嬉しく感じました。

 他国の鉄道事情に触れることにより今の自分の仕事を新たに見つめ直すことができました。台湾鉄路工会の仲間たちに負けないように今以上に仕事に取り組んでいきたいと思います。

中央本部執行委員 森 聖也
 
第21回国際連帯活動(ベトナム社会主義共和国)

 JR西労組は、他国の労働組合役員や働く仲間との交流、グローバル社会に対応することも含めた見聞を広めることを目的に国際連帯活動を行っており、今回も5月19日〜22日に、過去最多の9回目の訪問国であるベトナム社会主義共和国に、荻山委員長を団長とする一行24名が、第21回国際連帯活動として首都ハノイを訪問した。
 関西空港から空路4時間50分(予定より若干早く到着)2014年12月に国際線ターミナルが新たに完成した近代的なノイバイ国際空港に降りたった一行の第一声は「暑い!」。予想はしていたもののまさに日本の真夏であった。しかしその後は、クーラーのきいた専用車でハノイ市を目指した。
 道中日本のODAで建設された紅(ホン)河にかかる世界最大級の斜張橋であるニャッタン橋を経由し約1時間で到着し、ベトナムの伝統芸能である水上人形劇を鑑賞した。
 水上人形劇は、1000年の歴史を持つ北部の伝統芸能で、人形師たちが水につかり、操作棒で巧みに小さな人形たちを操り、水の上で踊ったり船をこいだり、火や煙なども使い音楽に合わせて繊細に動きまわるもので、言葉がわからなくても充分楽しめるものであった。
 二日目最初の行事は、ハノイ駅の表敬訪問で、迎えていただいた副駅長によると、ベトナムの鉄道は、ドイモイ(刷新)政策により、国の機関であるベトナム鉄道公社の下に、運行を担当する子会社が、ほぼ系統ごとに設置されており、駅も別会社との事、ハノイ駅は1902年駅フランスの出資で、ハイフォン港との貨物輸送を主目的に開業、その後数々の戦禍をうけ設備に被害を受けた歴史を持つとのこと。現在所属社員は、駅長1名、副駅長2名を含め118名で、そのうち女性は32名、出改札や、運行管理、清掃など5つの部門に分かれている。2015年の利用者は、1日7,000〜8,000名であり、ハノイ〜ホーチミン間は5便/1日、ハノイ〜ハイフォン間は4便/1日、ハノイ〜タイビン間は2便/1日とどの方面も本数は少なく、最も長距離を走行する列車は、ハノイ〜ホーチミンで1782kmを30時間以上かけて走る。料金は設備によって異なるが、一番高い4人用ソフト寝台車下段で1,559,000VND(日本円で7〜8千円)であり、チケットは2015年からインターネットで購入可能との事だが、その他全般的に車両や設備など日本と比較して半世紀近く遅れている印象を受けた。
 しかし一方で、ハノイやホーチミンの都市鉄道の整備が現在進められており、今年の12月に最初の路線が営業を開始、合わせて都市間輸送としてハノイ〜ビン(300km)、間の高速鉄道が、2030年完成予定で計画されている。私たちも何か支援できれば、ぜひ支援しなければならないと感じた。


迎えていただいたハノイ駅副駅長

ハノイ駅にて、団員全員と

 ハノイ駅を後にし、続いてハノイ機関車企業(機関車乗務員区および工場)を表敬訪問し、“ディエップ“ハノイ機関車企業労働組合委員長と”チウ“ハノイ機関車企業社長(ベトナム共産党、機関車企業執行委員会書記)をはじめとし、11名もの関係者の熱烈なる歓迎を受けた。
 ハノイ機関車企業には、機関士181人と機関助士156人がおり、6チームにわけられて運用されており、そのうち4チームは中国製のドイモイD19E型、2チームはチェコスロバキア製のD12E型の機関車を運転するとの事。ハノイ以外にハイフォン、ジャップバット、ニン ビン、タイン チャウに支区があり、そこで乗務員が乗り継いでいる。
女性機関士は法律で禁じられており、訪問団の米子地本井原さやかさんが女性運転士である事を披露したところ、驚きと共に、運転台案内や、冗談で「一駅運転してもらおうか」など大変興味を持たれたようで、別れ際に機関車のエンジンの模型のプレゼントまで頂いた。
 一方工場部門は、D12E型22両、D19E型30両、そしてベトナム製のD8E型2台の計54台の各種のディーゼル機関車を管理、保守をしているが、工場内の職員は保護具も着用せず、JR西日本の総合車両所の安全衛生への取り組みとは隔世の感があった。
 午後は、ハノイ市内の視察で、建国の父ホーチミン関連の施設を見学し、ベトナムの人の心のよりどころになっていることをあらためて認識した。
 そして二日目の最後の行事は、ベトナム鉄道労組との交流会。残念ながらフン委員長は、所要のため欠席であったが、モ事務局長をはじめとして幹部5人に参加いただき、モ事務局長より「連帯協定を結んでいる皆様と交流する事ができ大変喜んでいる。今後ともベトナムの鉄道の発展に力を貸してほしい」との歓迎のあいさつをうけ、荻山委員長より「お迎え頂きましたベトナム鉄道の皆様には感謝を致します。今後とも両労組の交流を通して両国鉄道の発展を祈念致します。またさらなる友好と連帯を深めるため是非JR西労組25周年記念行事にはお越し頂きたい」とあいさつがあった。それぞれの自己紹介や意見交換、プレゼントの交換など楽しいひとときを過ごした。
 三日目は、ハノイの隣駅ロンビエン駅9:28始発のハイフォン線ハイフォン行LP3号に乗車し、エンビィェン駅まで約38キロを1時間ほどベトナム鉄道の列車を体験した。電源車を含み10両以上の編成で、我々が乗った1等車はWiFiやクーラー、リクライニングもある車であったが、クーラー有のハード座席やクーラー無しのリクライニング車など様々な車両が連結されており、荷物車にはバイクの積み込みなどが行われていた、乗務員も10人以上おり、車販もあった。車内はほぼ満席で、速度は5〜60キロで、ほぼ定刻通り運転されていた。
 降車後、バスで世界遺産ハロン湾に向かい、海上から景勝を堪能した。その後約180キロの道のりをバスに揺られ、全員無事ノイバイ国際空港に到着し、現地ガイドと別れ、夜行便で関西空港に予定通り帰国した。
 最後にこの国際連帯活動を共に活動した訪問団の皆様、「シン カーム オン(本当にありがとう)」!


ハノイ機関車企業にて

ベトナム鉄道労組の皆様と
 
第20回 国際連帯活動 臺灣鐵路工會(台湾鉄道労働組合)友好連帯の旅

 5月21日〜24日にかけて第20回国際連帯活動として前田委員長を団長に、総勢23名が台湾を訪問した。
 1日目は、台北到着後、参加者同士の団結と親睦を兼ね台北市内にて交流会を開催。参加者各位がそれぞれ自己紹介や今活動に対する想いを語った。
 翌2日目は、台北駅から?光号(急行列車)で約40分、基隆市にある七堵駅へ向った。到着ホームでは、台湾鉄路工会(台湾鉄道の労働組合)七堵分会(西労組では支部相当)の組合員によるプラカードによる盛大な歓迎を受け、その後劉駅長の案内で、近隣の駅と車両所構内の一括制御を行っている信号所や、検修庫やさらには、乗務員教育用のシミュレーター等の見学を行った。また車両所の副所長より「花車」についての紹介をうけた。花車とは日本の御料車にあたるもので、日本統治時代、昭和天皇が皇太子時代にお乗りになられた「皇室花車」と、台湾総督が乗られた「総督花車」の2両が現存(この他にも台湾総統の総統花車もある)するそうで、国宝級の扱いで残念ながら実物は見学できなかったが、スライドにより、貴重な写真を交え丁寧に説明いただいた。その後台北に戻り、以前より交流のある謝理事長(中央執行委員長)以下台湾鉄路工会役員の方々と懇親の夕食会を行った。言葉の壁はあるものの、それを感じさせないほど、どのテーブルも大いに盛り上がり交流を深めた。
 実質的な最終日程の3日目は、台湾高速鉄道(台湾新幹線)で約1時間30分、南部の嘉儀駅で下車し、さらにバスで40分台南市にある烏山頭ダムを訪れた。このダムは、石川県出身の土木技師八田與一という日本人が日本統治時代の昭和5年(1930年)に地元の人々と協力し完成させたもので、それまで干ばつや洪水で「農作物は育たない」といわれた嘉南平野を台湾最大の穀倉地帯に一変させたもので、その功績は現在でも語り継がれており、ダムの近くは当時の官舎などを再現した記念公園となっており、参加者はそれぞれ、日本人として偉大な先人について感慨深く見学をした。台北へ戻り、最後の見学個所として、中華民国建国の父、孫文を記念している国父記念館で、衛兵の交代式をピーンと張りつめた雰囲気の中で見守った。
 4日間という短い行程であったが、台湾の人々との交流や鉄道の現状視察など、多くの成果を胸に参加者一同帰路につき、若干到着が遅れたものの、無事活動を終える事ができた。送り出していただいた関係地本に感謝すると共に、今回の国際連帯の成果をいかんなく発揮し、参加者各位のさらなるJR西労組運動の牽引を強く期待する。


 
■ようこそ日本へ ベトナム鉄道労組来日

 昨年10月に「友好連帯合意書」に署名を行い友好関係のベトナム鉄道労組のマイ・タイン・フゥン議長(委員長)、ファム・シャン・チゥ政策・法務部長、グェン・バオ・ディエム財務部長、ドァン・デゥイ・ホック総務部専門員の4名が6月19日〜24日にかけて5泊6日の日程で来日した。フゥン議長は1997年に半年間技術交流研修生として、吹田市の社員研修センターや米子市にある後藤総合車両所で学んだ経験もあり、JR西日本とは結びつきが強い。一行は滞在中、新幹線や伯備線やくも号などに乗車し日本の鉄道事情を視察するとともに、中央本部をはじめ、福岡地本、米子地本の仲間と意見交換などを行うなど交流を深めた。フゥン議長は「昨年の署名は、40周年の記念事業の中でも意義あるものであり、またその一環で訪日できたことは非常にうれしく思う。JR西日本とは過去、若い技術者の受け入れをいただき、ベトナム鉄道の発展に寄与した事を私たちは忘れておらず、この労組の交流をきっかけに再開を熱く希望するものである」と語った。前田委員長も「皆様の訪日を心より歓迎申し上げる。私たちも技術交流再開については、支援していきたいと考えており、併せて今後とも両労組の交流を通して両国鉄道の発展を祈念する」と応えた。

 
■第19回 国際連帯活動 台湾鉄路工会(台湾国鉄労組)と交流

 5月23日にJR西労組第19回国際連帯活動の一環として、中央本部荻山書記長を団長に、総勢25名で、台湾台北市の台湾鉄路工会本部を訪問し、謝理事長(委員長)をはじめ、役員やスタッフの方々の熱烈歓迎をうけた。
 謝理事長は、「貴労組とは友好協定を結んでいるJR連合を通じ、これまでも交流を重ねてきた実績があり、そのうえで今回の訪台を心より歓迎申し上げる共に、今後ともさらに交流が深まることを希望する」と述べ、荻山書記長も「熱烈なる歓迎に感謝申し上げるとともに、この交流を通じ両国鉄道がますます発展する事を祈念する」と応えた。その後の意見交換では、双方より「観光列車について」「女性社員の人数」「職種」「車両の検査周期や車両基地の数」など質疑応答を行った。

 
■国際連帯活動 日越(ベトナム)外交関係樹立40 周年記念
ベトナム鉄道労働組合と友好連帯の合意書を取り交わす



 JR西労組の国際連帯活動は、他国の労働組合役員や働く仲間との交流、グローバル社会に対応することも含めた見聞を広めることなどを目的として取り組んでいる。今回は、JR西労組の国際連帯活動17回のうち7回も訪問し、友好親善を重ねてきた歴史的な重みと、ベトナム鉄道労働組合と友好連帯の交流を深めてきたことから「日越友好年」に合わせ、ベトナム社会主義共和国を訪問国として派遣団を拡大、60名を超える大派遣団で10月9日から12日にかけて第18回国際連帯活動を実施しました。

 
 2011年10月に当時のベトナム首相が日本を訪問した際に、民主党政権の野田前総理との両首脳間で署名された「アジアにおける平和と繁栄のための戦略的なパートナーシップの下での行動に関する日越共同声明」において友好40周年を記念して2013年を「日越友好年」に定めた。
 今回の訪問では、更なる緊密な関係と友好関係促進のために、JR西労組の前田中央執行委員長とベトナム鉄道労働組合のマイ・タン・フォン議長との間で友好連帯の署名を行い、両国の鉄道の発展、互いの国の尊重、組合員とその家族の幸福の実現、相互の連絡、交流の実施、を目的とした友好連帯を維持発展させる合意書を取り交わした。
 JR西労組の国際連帯活動によって、JR西日本会社とベトナム鉄道会社との間においてもベトナムからの研修生受入れなどの技術交流を復活する機運も高まっている。実現の暁には、JR西労組は働く者の立場として全面的に協力していきたいと考えている。両労組はもとより、両社、さらには両国の発展および互いの友好親善がはかられることを祈念する。
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